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Fly Fishing 2018初渓流

今年も渓流釣りのシーズンがやって来た。
秋から冬にかけてのオフシーズンはシーズンの到来を心待ちにしているため、毎年3月最初の土日は渓流へ行くという文化が、いつの間にか、当然のように定例化している。
この日も、その定例行事としてマニアAと二人で渓流へ向かった。
ここ数日暖かい日が続き、この日も陽気の予報だが、渓流沿いには所々に残雪が見受けられ若干肌寒い。準備を整え、早速渓流へと降り立った。
渓流に立つと胸が躍る。いよいよ、フライロッドを振る楽しみ、フライを思いどおりのポイントに落とす喜び、静かな流れに浮かぶフライに集中しそれに喰い付いてくる魚を待つ緊張感、そして釣果への期待など、フライフィッシングの楽しみを満喫できるのだ。その上、原生林の森、その合間を流れる透き通った清流、風が木々を揺らす音、ゆっくりと流れる水の音、これらの環境の中に身を置くことが、フライフィッシングの楽しみを増幅させる。
オフシーズンからの“心待ち”が、今、実現しているこの瞬間の悦びは、言葉では言い表せない。
マニアAと交互にポイントを攻めていく。水温も低く、気温も思ったほど上がらないこの日は、魚の活性も低いため、全く反応が無い。
しかし、俺がとあるポイントで絶妙な位置にフライを落とすと、ゴギが喰い付いてきた。“よっしゃっ!”と思いながらフライラインを手繰り寄せると、あと2mの所でゴギの口から針が外れて逃げられてしまい、今シーズン初となるゴギは、幻となってしまった。
昼時を迎えたが、まだ二人に釣果は上がっていない。とりあえず昼飯を食いながらタイミングを見計らうことにした。
マニアAに「折角来たからには、ゴギの写真一枚くらいは収めたいですよね。」と言うと、マニアAは「過去の未発表写真が沢山あるから大丈夫!」と言う。この人はこの種の発言をよくする。この人にとって真実とはいったい何なのだろうか?
確かに、常に真実だけを求め続ければ良いというものでもない。時には真実が人を傷つけることもあるだろう。真実を知らない方が事が上手く運ぶこともあるだろう。フランスの哲学者モンテーニュもその旨の言葉を遺している。
だが、ゴギの写真に関して言えば、真実を求めても誰も不利益は得ない。その反面、普通の人間は嘘をついたことによって自分が苦しむことになる。繰り返しになるが、マニアAにとって真実とはいったい何なんだろう?
昼食を終え、釣りを再開した。
昼食後一発目はマニアAの順番だ。俺は、マニアAが釣る姿を少し離れて後ろから見ていた。いつもなら、マニアAが投げるフライの行方を注視し、水面を流れるフライを何時魚が喰い付くかと緊張感を持って目で追う。しかし、午前中からの流れで、心の底で“どうせ今日は釣れないだろう。”と思っていたのだと思う。何の気なしにマニアAの後ろ姿を景色と一緒に眺めていた。
その時、その景色構成の一部であるマニアAに動きがあった。はっと思いマニアAを見ると、ロッドがたわんでいる。“釣れたっ!”と思うと同時にマニアAのもとへ駆け寄った。
釣り上げたゴギは24~25cm程度の立派なサイズだった。だが、これが真実かどうかは分からない。仮に真実であったとしても、全然釣れていない俺にとって、この真実は不利益でしかない。
きっとこのゴギは、それまで全然釣れなかった二人の“釣りたい”と思う強い気持ちが作り上げた妄想だったのだろう。そうに違いない。十分に楽しめる妄想ではあったが、残念ながら真実ではないのだ。


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